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大阪地方裁判所 昭和34年(行)34号 判決

原告 岩切勉

被告 大阪法務局長 外一名

訴訟代理人 平田浩 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「原告と被告大阪法務局長との間において、同局長が原告に対してなした昭和三三年一二月二四日附司法書士認可取消処分が無効であることを確認する。原告と被告大阪司法書士会との間において、原告が同会の会員の身分を有することを確認する。訴訟費用は被告両名の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、原告は被告大阪法務局長(以下単に被告局長という)より昭和二八年八月七日附第九七八号をもつて司法書士なることの認可(処分)を受けた。そして原告は被告大阪司法書士会(以下被告会という)の会員となつた。

二、昭和三三年一二月二四日、被告局長は原告に対し、原告にかゝる弁護士法違反、司法書士法違反被告事件により昭和三二年七月二七日、大阪地方裁判所第二〇刑事部裁判官喜島秀太郎がなした、懲役一〇月、三年間執行猶予の判決が昭和三三年一〇月二日確定したとして(すなわち同年九月一二日附最高裁判所第二小法廷による上告棄却決定に対して原告がなした異議申立が同年九月三〇日同小法廷により棄却決定がなされ、これが同年一〇月二日原告のもとに送達されたことにより前記大阪地方裁判所の判決が確定したとして)、司法書士法第一一条第三号により前記一の認可取消処分をなし、そして原告は被告会との関係においても同会則第九条により脱会とされるに至つた。

三、右認可取消処分(以下本件処分という)は以下のかしがあるから無効である。

(一)  本件処分は要受領行為であり、ことに本件のごとく郵便により処分通知が原告宛に送達されている場合にあつては、処分通知が原告に有効に到達していなければならないところ、次の理由により本件処分通知は原告に到達したとみることができない。

(1)  まずその前提として処分通知の発信の効力がない。すなわち、本件処分通知は、昭和三三年一二月二五日午後零時から午後六時までの間に、大阪高麗橋郵便局引受第三九五号書留郵便をもつて、被告局長によつてではなく、大阪法務局により原告にあてて発信されている。本件処分の権限は被告局長に与えられたものであるから、処分通知の発信も被告局長がなすべきところ、権限のない大阪法務局によつてなされた本件処分通知の発信は効力がないものといわねばならない。更に本件処分通知の封筒には被告局長の氏名の記載すら欠いているが、封筒に記載されている発信人(本件においては大阪法務局)と、その中に密封された処分通知書の処分者(本件においては被告局長)とが同一でないと発信としての効力がないから、この点においても本件処分通知の発信は効力がないといわねばならない。

(2)  仮に、右の発信が有効としても、本件処分通知書には処分者たる被告局長と被処分者たる原告の記載のみでこれを受領すべき者の氏名、すなわち宛名の記載がないから本件処分通知書が原告の了解するところとはならなかつた。

したがつて本件処分通知は原告に有効に到達していないのである。

(二)  本件処分通知の附記理由に、原告にかゝる弁護士法違反、司法書士法違反被告事件につき昭和三二年七月二七日附大阪地方裁判所第二〇刑事部による前記有罪判決が確定したとの記載があるが、右判決は以下に述べるように形式的にも、実質的にも確定していない。すなわち

(1)  右判決の判決書(判決原本)は、タイプ印書されたものに裁判官喜島秀太郎が署名押印したにすぎない。このように当該事件の担当裁判官が自ら判決書を作成したものでないこと明らかな本件は、「裁判書は裁判官がこれを作らねばならない。」と規定する刑事訴訟規則第五四条に反し、右判決書は無効であり、かつ、そのかしは原告が上訴すると否と、又上訴審においてその点に言及したと否とを問わず、治ゆされるものではない。

(2)  本事件につき昭和三三年九月一二日最高裁判所第二小法廷による上告棄却決定に対し、原告が異議申立をなしたところ、最高裁判所第二小法廷は同年九月三〇日これを棄却するとの決定をした。抗告に代わる異議申立に関しては抗告に関する規定が準用されるところ、刑事訴訟法第四二三条第二項には「原裁判所は、抗告が理由があるものと認めるときは決定を更正しなければならない。抗告の全部又は一部を理由がないと認めるときは、申立書を受け取つた日から三日以内に意見書を添えて、これを抗告裁判所に送付しなければならない。」と規定している。原告の上告棄却決定をなした最高裁判所第二小法廷は右規定にいう原裁判所に該る以上、原告のなした抗告に代わる異議申立を理由あるものとして、右上告棄却決定を取り消すとの更正裁判をする権限はあつても、抗告裁判所として右異議申立を棄却するがごときは無権限による無効のものといわねばならない。もし最高裁判所第二小法廷が右異議申立を理由がないものと認めたのであれば、前記規定に従い、抗告裁判所となるべき最高裁判所大法廷に送付しなければならないわけである。

(3)  前記判決の無効、したがつて実質的(内容的)に確定していないことについて。

(イ)  原告は本件事件に関し終始一貫して以下の諸点を主張した。

A 原告は嘱託人から相談を受けた際は無報酬でこれに応じ、嘱託するか否か、又嘱託案件の指定はすべて嘱託人に委せ、そのうえで一旦嘱託のあつた書類を作成するに際し、法的判断を加えて立案した。このことは司法書士業務に従事するについて当然のことをしたまでである。

B 前項により作成した書類を嘱託人の希望に従い、関係司法官庁へ提出することはなんびとでもできることで司法書士の故に禁じられる筋合いのものではない。

C 原告は司法書士としてではなく、一般社会人として紛争当事者双方の仲裁契約により無報酬と明定して仲裁人に選定され、民事訴訟法所定の手続を経て仲裁判断をし、その原本に送達証明書を添えて管轄裁判所に寄託した。民事訴訟法第七八九条以下の規定によれば、訴訟能力者であればなんびとも仲裁人となりうるが、ただ弁護士法第七二条は弁護士でない者は報酬を得る目的で仲裁人となることはできないと規定するにとどまる。そしてこゝにいう報酬とは業務上正当な報酬を得ることのできるものが、その正当とされる部分について貰い受ける以外の法外な報酬を意味する。そうとすると原告は、司法書士として司法書士法第一条に則り、裁判所へ寄託すべき仲裁判断書その他の書類を作成するにあたり、その作成の限度で、法務大臣認可にかゝる司法書士報酬規定に従い、嘱託人に報酬を請求してもなんら法には触れないはずである。

以上の原告の主張に対し、大阪地方裁判所、同高等裁判所、最高裁判所第二小法廷はいずれも補強証拠もないまゝ右A、B、Cの原告の行為は「鑑定」にもとずくものであると認定したが、これは刑事訴訟法第三一七条に違反する。のみならず、弁護士法第七二条に規定する「鑑定」は鑑定業としてのそれを指し、かつ、「報酬を得る目的」でなす場合をいうにかゝわらず、原告が司法書士業務の一環としてなし、かつ、それについて報酬を請求ないし受領したことのない前述の行為を「鑑定」ないし、「鑑定」にもとずくもの」と不当な類推解釈をしたことは、憲法上の罪刑法定主義に含まれる類推解釈禁止を侵し、ひいて憲法第九九条の裁判官としての憲法尊重義務を果たさなかつたというべきであり、結局本件判決は憲法に違反し無効である。

(ロ)  原告は更に司法書士法第九条は憲法第一四条第一項にしたがつて司法書士法第二一条は憲法第三一条に違反すると主張したのであるが、最高裁判所第二小法廷は昭和三二年三月二六日の最高裁判所第三小法廷の判例のみを引用して司法書士法第九条は違憲でないとした。

これは裁判所法第一〇条に違反し、裁判を回避したものに他ならない。

四、前述のように本件処分の理由である刑事判決は形式的にも、実質的にも確定していないから、司法書士法第三条には該当しない。そして本件処分のように国民の権利を侵す行政処分をなす場合、処分権者である被告局長は、該判決の確定の有無を実質面からも調査する義務があるに、かゝる職務上の注意義務を払わずなした本件処分はかしがあり、それは本処分無効原因となるものである。仮に無効でないにしても本件処分の取消を求めるものである。

五、以上により本件処分が無効である以上原告は被告会の会員としての身分を有するものである。

六、よつて原告は被告局長に対し被告局長のした本件処分の無効確認、並びに被告会に対し原告が被告会の会員の身分を有することの確認を求めるため本訴に及んだ次第である。」

と述べた。

被告大阪法務局長は主文同旨の判決を求め、答弁として、

「一、原告主張事実中、被告局長が原告に対し原告主張の日司法書士認可の処分をなし、原告が大阪司法書士会の会員となつたこと、原告主張の日、被告局長は原告に対し、原告主張の理由により、司法書士認可取消処分をなしたこと、原告は被告会との関係において脱会とされるに至つたこと、本件処分通知書が、原告主張の書留郵便で原告方に送達され、その封筒の差出入名義は大阪法務局であつたこと、処分通知書に処分者として被告局長、被処分者として原告を表示したこと、原告に対する有罪判決書が、タイプ印書されたものに裁判官喜島秀太郎が署名押印したものであること、原告主張のように最高裁判所第二小法廷が上告棄却決定をなし、これに対する異議申立も同小法廷で棄却されたこと、以上の各事実は認めるが、その余の事実は争う。

原告主張の本件処分の無効原因、第一点について。まず、行政処分を郵便で通知するに当り、処分通知書が処分庁名義で作成されておれば処分庁の所属官署名義の封筒が用いられていても処分庁がした通知というを妨げない。封筒の名義により郵便官署が当該官署が差し出した郵便物として取り扱つたとしても、郵便物処理の関係で当該官署を差出人として取り扱うというにすぎず、このことは処分庁がした通知の効力を左右するものではない。本件処分通知書には処分庁として被告局長の記載あり、したがつて被告局長がなした通知であることは明らかである。次に、処分通知書中被処分者として原告の表示がある以上、処分通知が原告にあてなされたことが明らかであり、いずれにしても本件処分通知が原告に有効に到達していないとする原告の主張は失当である。

同第二点について。刑事訴訟法第五四条は、裁判書の全文を裁判官が自筆することを要求してはおらず、タイプ印書されたものに、裁判官が署名押印すれば、裁判官が作成した裁判書として同条の要件をみたす以上、原告の第一審有罪判決書に裁判官喜島秀太郎の署名押印があり、同裁判官が第一審の審理に関与したのであるから、同判決書の成立に違法はない。その他、原告が有罪判決の確定を妨げる理由として主張しているところはいずれも失当である。司法書士法第一一条第三号、第三条第一号は司法書士が禁こ以上の刑に処せられたときは法務局長は司法書士の認可を取り消さなければならない旨規定しているから有罪判決が確定した以上(本件判決は昭和三三年九月三〇日最高裁判所が原告の異議申立を棄却しこの決定が同年一〇月二日に原告のもとに送達されると同時に確定した。)被告局長は、その判決に事実あるいは法律上の判断に誤りがあるか否か、再審又は非常上告の事由の有無を調査せず、又かゝる事情の有無を問わず認可取消処分をしなければならず、又それで足る。したがつて被告局長の本件処分には何等かしがない。」と述べた。

被告大阪司法書士会は主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告の主張事実中、請求原因一、二、の事実は認めるが、その余は争う。被告大阪法務局長が原告に対してなした本件処分は有効である。この点に関し、被告局長の主張を援用する。右処分が有効である以上、原告は被告会の会則第九条により被告会の会員の身分を失うに至つたのであるから、原告の本訴請求は失当である」と述べた。

理由

原告が被告局長から認可を受けて司法書士となり、被告会の会員であつたところ、昭和三三年一二月二四日、被告局長は原告に対し、原告にかる弁護士法違反、司法書士法違反事件につき大阪地方裁判所第二〇刑事部裁判官喜島秀太郎がなした懲役一〇月三年間執行猶予の有罪判決が昭和三三年一〇月二日確定したことを理由に、司法書士法第一一条第三号により、司法書士認可取消処分をなしたこと、そして原告は被告会との関係においても同会則第九条により脱会とされるに至つたこと、は当事者間に争いがない。

そこで原告が主張する本件処分の違法無効のかしの有無について判断する。

まず本件処分通知の発信が違法無効であるという三の(一)の(1) の主張について。本件処分通知が大阪法務局発信大阪高麗橋郵便局引受第三九五号書留郵便をもつてなされ原告方に送達されたこと右処分通知書には処分者として被告局長の表示がなされていたが封筒には大阪法務局名義が表示されていたことは当事者間に争いがない。そして、可法書士認可取消処分は司法書士法第二条によつて、当該司法書士の事務所の所在地を管轄する法務局長または地方法務局長の専権に属せしめられ、したがつてその処分行為の効力を完成するに必要な被処分者に対する処分の通告もまたその処分庁がなすことを要し、処分庁以外のものがすることは許されないものと解するのが相当である。しかしながら、処分庁が被処分者に対して直接その面前で口頭をもつて処分の告知をするのでなく、被処分者に対する処分通知書の送達をもつてする場合、たとえば処分通知書を郵便に付するその行為まで処分庁みずからしなければならないものではない、換言すれば処分庁名義の通知書を郵便に付するに当つて通知書を内包する封筒の差出人の名義を通知書のそれに合致させ処分庁として表示しなければ通知として違法のかしがあるということはできない。通知書を郵便に付するという行為は通知書送達の方法としてなされる事実行為であり、かような事実行為はまさに処分庁の所属官署である法務局または地方法務局の庶務課のつかさどる事務である(法務局及び地方法務局組織規程第五条)。被告局長の所属する大阪法務局の庶務課の担当職員が原告に対する被告局長の処分通知書を原告に郵送するにあたつて、封筒の差出人名義を大阪法務局としたことは事務処理としてなんらさしつかえのないことである(もとより、大阪法務局長を発信人としても、良いのであるが)。これと異なる見解に立つて本件処分通知書の発信に違法無効のかしがあるとする原告の主張はとうてい採用できない。

次に本件処分通知書には宛名の記載がないかしがあるとの三の(一)の(2) の主張について。本件処分通知書中に被処分者として原告の表示が存することは原告の認めるところである。そうである以上、同通知書の記載内容から当然にそれが原告にあててなされたものであることが認められるわけである。原告の右主張も全然理由がない。

原告の三の(二)の主張について。原告は被告局長の認可取消処分の前提である原告に対する弁護士法違反、司法書士法違反被告事件は形式的にも実質的にも確定していないとして種々理由をあげて主張しているけれども、右被告事件の最終審である最高裁判所第二小法廷において昭和三三年九月一二日付で上告棄却の決定があり、これに対する原告よりの異議申立もまた昭和三三年九月三〇日同小法廷で棄却され、右決定は同年一〇月二日原告に送達されたことは当事者間に争いがないところであるので、右被告事件の判決はこの時をもつて形式的に確定したわけである。被告局長としては、右判決が形式的に確定した以上、その裁判の内容に立ち入つて、違法な点があるかどうかを審査する権限も、したがつてまた義務もない。もとより、判決が形式的に確定しても、当然無効の判決、たとえば、笞刑、流刑のような執行不能の判決とか内容不明の判決等は、判決として実質的効力を有するに由ないが原告の主張する事由はいずれも判決の当然無効の事由にあたらない。それゆえ、被告局長が司法書士法第一一条第三号、第三条第一号により、原告に対し司法書士としての認可を取り消したことはなんら違法でない。

以上のとおり、本件処分にはこれを無効ならしめるかしも、取消原因たるかしも認められない。したがつて原告は被告会との関係においても、適法有効な右処分があつたことにより同会会則第九条に基いて会員の身分を喪失したものである。

よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平峰隆 中村三郎 山田二郎)

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